蛮神タイタンとの決戦が始まった。
タイタンの攻撃方法は、その豪腕から繰り出される物理攻撃が基本で、イフリートのような魔法攻撃は、ほぼ無かった。
しかし、その破壊力は絶大で、拳が叩きつけられれば、衝撃と共に地面は割れ、足を踏み鳴らせば、地鳴りと共に地面が波打ち、まともに立っている事も難しいほどだった。
加えて、タイタンの神殿は、巨大な石柱の上にあり、足場にもなっている舞台の外は、断崖絶壁で囲まれていた。
一歩間違えれば、奈落の底へと落ちていくことが必至な状況で、タイタンの強力な攻撃を避けながらの戦闘は、非常にストレスの溜まるものだった。
私達は、ナイトのジェイロさんの正面、タイタンを挟み込むような定番の陣形で戦いに挑んでいた。
私は、タイタンの敵視を稼ぎ過ぎない様に注意しながら、背後から射かけ続けながら、タイタンの動向に注意を払い続ける。
その時、突如、タイタンがこちらを振り向いた。
え? なんで?
敵視を稼ぎ過ぎた?
そんな疑問が頭を過る中、タイタンの剛腕が、地面に叩きつける様が見えた。
次の瞬間、その拳の衝撃が、岩塊を巻き上げながら、波となって襲い掛かってくる。
疑問に気をとられていたせいで、それを回避するのが一歩遅れてしまった私は、その衝撃波飲み込まれた。
それと同時に、体が浮き上がる感覚。
その直後に見えたのは、マグマに赤く照らされる、岩窟の天井だった。
まずいまずいまずい!!
急速に、体が落ちていく感覚に襲われながら、私の頭の中では、警報が鳴り響いていた。
もし、このまま舞台の端を超えてしまう様であれば、次に来るのは、確実な死。
踠く様に、手足を動かそうとするけれど、その恐怖に体は強張り、指先一つ動かせない。
ドシャッ
そして、次の瞬間、全身に襲い掛かる強い衝撃に、私は目を強く閉じたのだった。
「イーディスさん!」
マイさんの声に、慌てて身を起こすと、自分の体を、癒しの光が包んでいるのに気が付いた。
振り返ってみれば、崖っぷちまで数イルムもなかった。
タイタンの攻撃による振動で、今も、パラパラと崩れていく縁を見て、私は血の気が引くのを感じた。
私は、慌ててそこから離れると、逸る動機を落ち着かせながら、再び、弓を構える。
「大丈夫か!?」
魔法攻撃を続けながら、ネコさんが、私の無事を確認してくる。
「はい! すみません!」
私は、未だ、死の恐怖に直面して震えあがる膝に、拳を叩きつけながら、返事をしたのだった。
その後も、タイタンは、何度か振り向いては、後方に陣取る私達に攻撃を仕掛けてきた。
その度に、衝撃波が岩塊を巻き上げながら、地面を走っていく。
流石に、私を含めて、それをまともに食らう人は、もう居なかったけれど、少しでも回避が遅れれば致命傷に至る事を知っているだけに、どうしても、動きを制限されてしまう。
厳しい…。
覚悟していた事とはいえ、蛮神タイタンは、本当に強力な敵だった。
タイタン自身は勿論、狭い足場の中で、回避の為に移動し続けなければならない状況も、困難さに拍車をかけていた。
とはいえ、段々と、戦いのパターンも見え、綱渡り状態ながらも、それなりに安定した戦闘を築きつつあった私達は、このままいけばという思いが、確かに生まれつつあった。
「滾る! 滾るぞ! 憤怒の血が、我が心臓に注ぎ込む!」
しかし、その傲慢な思いを打ち破る様に、突如、タイタンが雄叫びを上げた。
何事かと、全員が目を見張る中、天を仰ぎ見る様に、体を仰け反らせるタイタン。
その胸のあたりに、さっきまでは無かった筈の、光り輝くクリスタルが、そこにあった。
「……なんだ……?」
突然の、タイタンの様相の変化に、ジェイロさんが戸惑いの声を上げる。
タイタンは、攻撃の手を止め、その剥き出しになったクリスタルに、なにか、力を溜めるような仕草をしている。
私は、その姿に、なにかデジャヴの様なものを感じていた。
「……あのクリスタルに、大量のエーテルが流れ込んでいる!」
その時、ネコさんが、鋭い警告の声を上げる。
その言葉に、私は、デジャヴの正体を思い出した。
それは、蛮神イフリートとの闘いの最中に起きた事。
イフリートが召喚した、巨大な楔が大地に突き立てられ、そこに大量のエーテルを流し込むことで放たれる大技。
その記憶が、鮮明に思い出されたのだった。
「いけない!! あのクリスタルを破壊しないと!!」
私は、慌てて声を上げた。
その言葉に、みんなも気が付いた様で、緊張した面持ちで、タイタンのクリスタルを見上げたのだった。
そこからは、時間との闘いだった。
ジェイロさんも、ネコさんも、マイさんも、そして私も。
全員が、持てるすべての手段使って、全力でクリスタルへと攻撃を叩き込む。
クリスタルへのエーテルチャージの完了がいつなのかは判らなかったけれど、ともかく、大技が放たれる前に、クリスタルを破壊しなければならない。
まだか…まだか…。
専門職ではない私ですら、感じ取れるほどに高まり続ける、チャージされていくエーテルの波動。
もうすでに、いつ、その時が来てもおかしくない状況に、焦りが生まれてくる。
「……大地の怒りに砕け散れぇぇぇぇぇ!」
そして、遂に、その時が訪れる。
エーテルチャージを終えたであろうタイタンが、咆哮を上げると同時に、胸のクリスタルから光が溢れ始める。
…間に合わなかった…!?
空間全てが光に白く塗りつぶされ、奔流となって暴れ狂うエーテルの嵐の中、私は、死を覚悟した。
その時、小さく。
本当に小さく。微かに。
何かが割れるような、パキンという硬質な音を、私は聞いたような気がした。
しかし、それを確認する間もなく、私は、エーテルの濁流に飲み込まれ、まるで木の葉の様に、体が浮き上がるのを感じた。
そして次の瞬間、強い衝撃と共に、私は、地面に叩きつけられ、意識を刈り取られたのだった。
痛い。
死んだら、なにも感じないと誰かが言っていたけれど、痛いじゃない。嘘つき。
私は、どこの誰とも知れない人に、悪態をつきながら、なんだか奇妙だなと感じていた。
既に四肢は動かなくなっている筈なのに、何故か、動かせる気がする。
頬に当たる地面が、なんだかひんやりとしているのも感じている。
「耐えぬく気概や良し! その意思、我が拳で粉砕せん!」
その時聞こえて来た、タイタンの大声に、私は、瞼をこじ開けた。
横になっている視界の先で、ジェイロさんが、まだ、タイタンと対峙している。
その隣で、マイさんが、彼を支える様に、回復魔法をかけ続けている。
そして、すぐ近くで、ネコさんが、私をかばう様にしながら、魔法をタイタンへと放ち続けている。
生きてる!?
私は、慌てて身を起こすと、状況の把握に努めた。
それを様子を見たネコさんが、安心した様に目を細めたのが見えた。
どうやら、クリスタルの破壊は、ぎりぎり、間に合ったらしい。
私達の攻撃で、ダメージを受けていたクリスタルは、タイタンが大技を放つ瞬間、それに耐えきれず、内側から崩壊してしまったらしい。
それ故、タイタンが放った大技も、不完全な状態での発動となってしまい、結果、私達は生き残ったという事の様だった。
あの時、聞いた音は、クリスタルが崩壊する音だったのだろう。
渾身の大技を堪え凌がれた事で、タイタンの怒りは最高潮に達している様だったけれど、どうやら、胸のクリスタルの崩壊は、タイタン自身にも、大きなダメージを負わせたようだった。
未だに、その拳は大地を裂き、蹴撃は大地を揺らし続けていたが、その威力は、目に見えて衰えていた。
ここに来て、私は、初めて、勝機という名の希望の片鱗を見出すことが出来たのだった。
「ぬぬぬぬ……無念…… 愛しき子らの悲嘆、いずれ必ず…..」
そして、遂に、決着が付いた。
力尽きたタイタンは、轟音と共に大地に倒れ、光の泡となって消えていく。
神殿の周囲から、コボルト族たちの怒りと、悲嘆にまみれた叫びが聞こえてくる中、私達は、膝を付きそうになる体を支えながら、周囲を警戒する。
しかし、やはりコボルト族は神殿には踏み入れられないらしく、一向に手を出そうとはしてこなかった。
やがて、コボルト族の司祭が、私達に復讐を誓うと、立ち去って行った。
それに続くように、コボルト族たちも姿を消す。
静寂の訪れた神殿で、私達は、やっと、勝利を実感することが出来たのだった。