「ここが…サスタシャ浸食洞…」
そこは、淡く光る珊瑚のような草木が茂る、幻想的な空間だった。
たぶん、元々は海水に満たされていた海底洞窟だったのだろうけど、水位が下がってこんな感じになったのだろう。
初めてのダンジョンだというのに、その光景に、好奇心でワクワクしっぱなしな私だった。
「イーさん、用意は良い?」
「あ、はい! よろしくお願いします!!」
サスタシャ浸食洞は、非常に危険な区域に指定されているため、単独での侵入は禁止されている。
今回、わたしは、ハルさんと、ハルさんに貰ったリンクシェルで繋がっている方々にお願いして、同行して貰っている。
同行して頂くのは、ハルさん、にゃんたまさん、ヘビチさん。
みなさん、熟練の冒険者で大先輩なわけで、とっても頼りになる。
その反面、お手を煩わせてしまってる感も否めなくて、正直、気が引けてしまうところもあるのだけど、気にしすぎるのも逆に失礼なので、そこは、大いに、胸を出世払いで貸して頂くことにした。
探索は、まずは、ここに住み着いているという、獰猛なクァールの住処を目指すことになった。
……もしかして、先日、海賊が繁殖させようとして逃げ出した、クァールの生き残りだったりするのかしら?
コウモリや浮きクラゲ、カニといった、さして強力でもない魔物を倒しながら、私たちは進んでいった。
途中、薄汚れたメモが落ちていたのだけれども、特に不審人物へと繋がるような手掛かりは得られなかった。
やがて、水たまりが彼方此方に現れ、如何にも海底洞窟じみてきたとき、3色の珊瑚の柱に囲まれた、ちょっとした広場に行きついた。
「あれ? 行き止まり…?」
「イーさん、危ない!」
フラフラと、不用意に広場の中央に進み出た私に、ハルさんの鋭い声が飛ぶ。
ザシュッ!
次の瞬間、空気を切り裂く音と共に、なにかが頭を掠める様にして通り過ぎた。
ハラハラと舞っているのは、切り裂かれた髪の毛…?
唖然とする私の視界には、地面を抉る様に爪を突き立て、牙を剥く巨大な獣の姿があった。
「トマホーク!!」
すかさず、ヘビチさんの投げ斧が飛んできて、クァールの意識が、そっちの方へと向く。
その隙に、慌てて後方へと下がる私に、ハルさんから「落ち着いて、よく見て!」と、声が飛ぶ。
クァールは、ヘビチさんがガッチリと引き付けてはいるけれど、軽快に飛び跳ねながら、右に左に動き回っている。
不用意に近づけば、強烈な一撃を見舞われるのも想像に難くない。
それならば…。
「影縫い!」
影縫いは、相手の影を地面に縫い付けて、動きを止める技だ。
もっとも、相手がある程度以上の実力の持ち主であれば、その効果は薄い。
実際、クァールは全く意にも介さぬように、影に撃ち込まれた矢を蹴り飛ばしてしまった。
やっぱり、地道にダメージを重ねるしかなさそう…。
それから、私は、クァールの間合いに入らないように注意しながら、ヘヴィショット、ストレートショットを撃ち込み、たまにベノムショットで、じわじわとダメージを与えていった。
それから、どのくらい戦っていたのだろう。
案外、あっという間だったのかもしれないけど、日も月も見えないここでは、時間の経過がよく判らなくなる。
でも、あれだけ、高速に動き回っていたクァールが、目に見えて動きが鈍ってきているところを見ると、それなりの時間をかけて戦い続けているのだろう。
「あともう少…し…!?」
その時、クァールが身を伏せたかと思うと、全身に力を籠め始めた。
よく見れば、ピリピリと髭先に電気のようなものが走っているのが見える。
「下がって!」
にゃんたまさんの声と同時に、クァールから距離をとる、ヘビチさんとハルさん。
バシーン!!
その刹那、破裂するような音とともに、クァールの周囲に電撃が迸る!
もしまともに食らったら、ダメージはもとより、電撃で痺れてしまうかもしれない。
まだ、こんな技を使えるなんて…やっぱり、油断大敵だ…。
そこから、さらに気を引き締めて戦い続けた私たちは、ついに、クァールを倒すことが出来た。
肩で息をする私に、ハルさん達が親指を立てて、よくやったと労ってくれた。
…よく見ると、ハルさん達は全然息も上がってないし、余裕そのものだ。
やっぱり、私、まだまだだなぁ…。
ハルさん達に気づかれないように、そっとため息を付く私なのだった。