
『おっれさーま だーいすっき めっしのっじかーん♪ だーいすっき おっれさっま やっすみっじかーん♪ らんららーるるる、ららららーん♪』
海雄旅団の元メンバーがいるという噂を聞いて、私達は、低地ラノシアにある、グレイフリート風車群へとやって来た。
何機かある風車のうち、酒場を兼用している、最も大きな風車に近づくと、中から、なんだか妙な歌が聞こえてくる。
「……タタルの歌に匹敵するわね……」
ヤ・シュトラさんが感情の見えない表情で、その歌を、そう評価した。
それは…きっと、褒めてないですよね…? タタルさんが聞いたら、どう思うだろう…。
そんなことを考えながら、中に入ると、ひとりのルガディン族さんが、上機嫌で歌っていた。
聞こえてきた歌は、この人が歌っていたみたい。
もしかして、この人が海雄旅団の元団員さんなのかしら……でも、ルガディン族だけあって、大きな体をしてはいるものの、どことなく頼りなげな感じがするし……違う…よね…?
「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいのですが」
「あ? なんだてめえ、風車で巻き殺すぞ」
……いきなり、失礼な人だ。
まぁ、海雄旅団のメンバーも海賊だそうだから、荒っぽい人が多いのかもしれないけれど…。
「あ、あの。このあたりに、海雄旅団の元団員さんが居るって聞いてきたんですけど、御存じないですか?」
後ろに控えている、ヤ・シュトラさんの片眉がぴくりと跳ね上がるのを見た私は、慌てて、質問を重ねた。
彼女が、相手に問い詰め始めたりしたら、聞けるもの聞けなくなっちゃう。
「んん……? 海雄旅団の元メンバーを探してるって? やれやれ、こんなところまで追っかけかい? まったく有名人ってのは、つれーなぁ!!」
そういうと、ルガディンさんは、やおら立ち上がり、親指を立てて、自分の事を指し示したのだった。
「ふふん、遠路はるばるご苦労。海雄旅団一番の実力者、トラッハトゥームとは……俺・様・の・こ・と・さ!!」
ええー……この人…なのかぁ……。
「んで!? 俺様の武勇伝が聞きたいのか!? んもー、どうせ「あの」蛮神の話が聞きたいんだろ? あぁ、言わなくてもわかってるって!」
……あら? 意外と話が早いかしら。
「蛮神「タコタン」……だろっ?」
「え?」
「タコタン、あいつは強かった……! 歴戦の勇者たる俺様にとっても、あれは心に残る戦いだった……」
…たこたん?
聞き間違いかしら…でも、何度も、タコタンって言ってるし……。
あ、なんか、ヤ・シュトラさんの視線がすっごく冷たくなってる。
「……斧が、群がる小ダコどもをばったばったと……」
「あ、あの!? 武勇伝じゃなくてですね、蛮神討伐の詳細を知りたいのですけれど!!」
なんか、よく判らない武勇伝語りが始まっていた、トラッハトゥームさんの言葉を遮る様にして、声を上げた。
「……ちっ、知りたいなら対価が必要だな! 近くに巣食っている「ラット」どもを倒してこい。タコタン討伐の詳細の話は、それからだ!」
うーん、急いでいるんだけど…仕方ない。
今にも、トラッハトゥームさんに詰め寄ろうとしたそうな、ヤ・シュトラさんをなだめつつ、私は、風車の外へ向かったのだった。
まぁ、結局、ラットを倒した後、グゥーブーの討伐までやらされたわけだけど。
「え、えーと……グゥーブー・ファーマーぐらいじゃあ、課題が甘すぎたようだなぁ……それじゃ次は……」
「トラッハトゥームさんや、グゥーブー・ファーマーは退治できましたか? あんまりサボるようなら契約の見直しも……」
その時、初老の男性が、風車の酒場へと入って来た。
その姿をみて、トラッハトゥームさんがギクッとした表情を浮かべた。
「こ……これはこれは、風車番どの! その魔物なら、お、俺様が倒しておいたぜ!!」
え。
「……あんなに渋ってたのに? 本っ当に、あんたが倒したのかい?」
風車番さんは、トラッハトゥームさんの言葉を全然信じていない様だった。
実際、倒したの私だし。
「ほほほ、ほほほほほ……本当だとも! な、なあ!?」
私は、無言で返答した。
「……ずいぶん強そうな冒険者さんじゃな。彼女に頼んで、倒してもらったんじゃないでしょうね?」
風車番さん、なかなか鋭い。
「な、何を疑っているんだ! 俺様は、あの蛮神「タコタン」を倒した、元海雄旅団一番の実力者、トラッハトゥームなんだぞ!」
「……前から言おうと思ってたんですがねぇ! 蛮神「タコタン」って何じゃい! どんなタコじゃ!! コボルド族が崇めとる神なら「タイタン」じゃろッ!!」
トラッハトゥームさんの言葉に、それまでの鬱憤が堪っていたのか、遂に、風車番さんが怒りの声を上げた。
うん。やっぱり、私の聞き間違いじゃなかったみたい。
「あ、あれぇ!? いや……その……タコタンというのは……海雄旅団特有の呼び方で……」
「言い訳は、もうええわ! 風車小屋の傭兵として雇ったのに、サボってばっかりで!! ええい、表に出るんじゃっ! 本当に、あんたがグゥーブーを倒したというのなら、その強そうな冒険者さんと、手合わせしてみせい! もし勝てなんだら、あんたなんぞクビじゃっ!!」
そういって、風車番さんは、ずんずんと外へと歩いて行ったのだった。
あれ。なんか、巻き込まれた…?
表に出ると、岩が二つ置かれていて、二人はその前に立っていた。
どうやら、直接対決ではなく、岩を割るスピードで競うつもりらしい。
……なんだか、岩の大きさが全然違うんだけど……。
まぁ、いいや。
それよりも、早く、この茶番劇をなんとかしないと、ヤ・シュトラさんが怖い…。
「すすす、すいませんっしたー! 俺、実は「海雄旅団員」じゃないっす! ただの、ケチで名もない傭兵くずれなんす!」
途中、いろいろとセコイ手を使いつつも、岩割勝負に負けたトラッハトゥームさんは、額を地面に擦らんばかりに土下座した。
なんか、もう、本当に残念な人だなぁ…。
「……はっ、なんとなく察してましたわい。経歴の詐称で、とりあえずクビじゃな」
風車番さんが、やっぱりかという体で、土下座するトラッハトゥームさんに、解雇を告げる。
「こ、心をっ! 心を入れ替えますから、クビだけはっ!! 元海雄旅団を名乗ったのだって、悪気はなかったんす! 前に「コスタ・デル・ソル」で働いてたとき、そこの上司が元海雄旅団だって小耳にはさんで……だから! 最初は冗談で旅団員だって名乗ったんす!」
ん? いま、なにか重要な情報が、ポロッと出てきたような…。
「お前、タコタ……タイタンの情報を探していたな? その上司の名前は「ヴェイスケート」さんだ! べらぼうに強い、本物の元海雄旅団員だ! ほ、本物の旅団員の名前と、居場所を教えたんだ! だからお前も、俺をクビにしないよう頼んでくれよぉぉ!」
図らずも、海雄旅団の元団員さんの居場所を知ることが出来た私は、肩を竦めつつ、風車番さんに苦笑いを送ったのだった。