「戻ったか……ウ・オド・ヌンからの届け物だと?」
ラムトンウォームの肉を手に入れた私は、次の珍味のありかを聞くため、コスタ・デル・ソルのヴェイスケートさんの元へと戻ってきていた。
ついでに、ウさんからの届け物もあったので、報告がてら、それも手渡した。
「こいつは……俺が好きな「オニキスブランデー」じゃないか……ウ・オドの野郎、お前のことを気に入ったようだな」
ウさんからの届け物を手にすると、嬉しそうにヴェイスケートさんが顔を綻ばせた。
「さて。特別な晩餐に使う最後の珍味の在り処は、元輜重担当のゴブリン族、ブレイフロクスから聞くといいのだが……なにか問題が発生したみたいでな、すぐに、奴の元へと行ってくれるか」
そういって、ヴェイスケートさんは、この東ラノシアの内陸部にある、ブレイフロクスの野営地に向かえと指示してきたのだった。
レインキャッチャー樹林の奥に向かうと、そこにゴブリン族がひとり、佇んでいた。
なんとなく、途方に暮れているようにも見える。
顔は見えないけれど。
「シュコォ……シュコォ……オマエ ヴェイスケートに 聞いてるゴブ! ゴブ 最後の珍味 用意して〜た! そしたら でっかい コワイの やってき〜た! みんな あぶない! オタスケ オタスケ! オマエ いっしょに野営地にいくゴブ! 奪還作戦ゴブ!」
そのゴブリンさんは、私の事を待っていた様で、私の姿を確認するなり、わたわたと身振り手振りをしながら、なにかを説明し始めた。
正直、ゴブリンさんの言葉は、すごく判り難いので、最初、何を言っているのか判らなかったのだけど、どうやら、野営地に何かが襲来して、追い出されてしまったという事みたい。
3つ目の珍味も用意していた待っていたらしいのだけど、野営地を取り戻さないと、それも手に入れられないみたい。
うーん。
すぐにでも、中に突入して、なんとかしてあげたいところだけど、その襲来したものの事が気になる。
ここは、少し、協力者を募った方が良さそうだなぁ…。
そんなわけで、私は、一旦、ワインポートに戻り、そこで募った冒険者、タクさん、チョコさん、リリィさんと共に、再び、ブレイフロクスの野営地へやって来たのだった。
鬱蒼とした密林の中に作られた野営地は、一見してそれとは判らない様に、隠されるように作られていた。
密林の中、奥へと続く道を進んで行きながら、私は、この守りやすそうな地形は、野営地としては最適だなぁと考えていた。
同時に、もし、ブレイフロクスさんの言う、「でっかいコワイの」が防衛策を講じていたら、厳しい事になりそうとも感じていた。
その時、木々の向こうに、巨大な影が見えた気がした。
一瞬、見間違いかと思ったけれど、すぐに、それが轟音と共に空へと羽ばたいて行ったのを見て、見間違いではなかったことを確信する。
「今のは…ドラゴン?」
先頭を進んでいた、タクさんが呟くのが聞こえた。
ドラゴン…まだ、実物を見たことはないけれど、全ての生物の頂点に君臨するという、強力な魔物。
まさか、ブレイフロクスさんが言っていた、「でっかいコワイの」って、今のなのだろうか…。
まるで山が動いているかのように大きく、木漏れ日に、鈍く光を反射していた緑色の鱗の光を思い出して、私は、身震いをしたのだった。
野営地の中は、溢れだした魔物でめちゃくちゃになっていた。
そこかしこで、ゴブリン族が、魔物を排除しようと戦っている姿も見える。
魔物自体は、この周辺に生息している魔物ではあるけれど、なんだか、みんな、とても殺気立っているように見える。
もしかしたら、さっきのドラゴンのせいで、恐慌をきたしているのかもしれない。
私達は、普通ではなくなっている魔物たちに注意を払いながら、奥へと進んで行ったのだった。
野営地の奥には、大きな水源が広がっていた。
清廉な水面が広がる光景は、こんな状況でなければ、ゆっくりと眺めて楽しみたいと思えるものだったけれど、やはり、ここにも魔物は溢れかえっていた。
そして、その魔物を排除している中、私達は、再び、ドラゴンの姿を目の当たりにする事になるのだった。
「…?」
水源の奥に居た、巨大なサラマンダー種の魔物と戦っている中、不意に、辺りが暗くなった。
単に、太陽が雲に隠れただけなのだろうと、最初は思ったのだけど、次の瞬間、大きな音ともに、何かが迫ってきている様な圧力を感じた私は、思わず空を仰ぎ見てしまった。
「!! みんな、避けて!!」
私が見上げたそこには、巨大な体躯を持つ何かが、こちら向けてまっすぐと落ちてきている姿があったのだった。
慌てて退避した私達と入れ替わる様にして、それは、轟音を立てて、地面に激突した。
その衝撃は、周囲の水や泥をはね上げ、私達の体をも吹き飛ばさん勢いだった。
「~!! み、みんな、無事ですかっ!?」
音と衝撃にふらつく体勢を整え、舞い上げられた土砂と、水煙に遮られた視界が落ち着くのを待ちながら、私はみんなに声を掛ける。
幸い、それの着地に巻き込まれた人は居ないようで、それぞれの方向から、みんなの無事を伝える声が聞こえてくる。
そして、視界が落ち着いた時、私達は、さらに驚愕する光景に息を飲んだ。
なんと、さっきまで、私達が戦っていたサラマンダーの上に、緑の巨躯を持つドラゴンが圧し掛かり、その牙を、サラマンダーに突き立てていたのだ。
「…喰ってる」
誰かが、茫然と呟く声が聞こえて来た。
すでに、サラマンダーは絶命しているようで、ドラゴンの捕食行為にされるがままだった。
やがて、ドラゴンは満足したのか、茫然と見つめる私達を残して、再び、空へと舞い上がって、姿を消したのだった。
ドラゴンとの3回目の遭遇は、それから程なくして達成された。
野営地の最深部にある、洞窟へと侵入した私達は、そこで、舞い戻って来たドラゴンと鉢合わせしたのだ。
どうやら、この洞窟はドラゴンの住処らしく、寝床らしき跡も見受けられた。
当然、自分の巣へと入り込んできた不届き者を、ドラゴンが許すはずもなく、私達は、ドラゴンとの対峙を余儀なくされたのだった。
ドラゴンとの戦闘は、熾烈を極めた。
その爪や牙による攻撃は強力だったけど、それよりも厄介だったのが、毒のブレスによる攻撃だった。
特に、大量の毒液を吐きかけてくる攻撃は、それを避けても、その辺りに毒溜まりが出来てしまうため、どんどん足場が狭められていってしまう。
さらに、どうやら、毒竜であるドラゴンは、その毒で、体力を回復することが出来るようで、何度も、ドラゴンを毒溜まりから引き離す必要があった。
戦闘を開始してから、どれだけ戦っていたのだろう。
絶望的な体力を誇るドラゴンの巨躯は、無尽蔵とも思える体力を有していたし、何時までもブレスを吐き続けられそうなスタミナも、まるで尽きる様子が見えなかった。
それでも、私達は、なんとか、少しづつ、本当に少しづつ、ドラゴンの体力を削り、遂に、ドラゴンを倒すことに成功したのだった。