「お前は、ここを頼む」
神勇隊のリュウイン隊長さんの言葉に頷き返すと、私は、緊張に汗ばむ手で滑らない様に、弓をしっかりと構え直した。
ベントブランチ牧場での卵騒動の後、ルクロさんがミューヌさんに宛てた手紙には、イクサル族の不審な行動が記されていた。
そこから、黒衣森でもっとも古く、聖地ともいわれる、長老の木が狙われていると推察したミューヌさんから、神勇隊に警告を伝えるように言われたのだけど、一足遅く、イクサル族が長老の木を襲撃しているとの報が入ってきてしまったのだった。
慌てて、長老の木まで駆けつけると、今にも大樹に襲い掛かろうとしてるイクサル族の姿が見えた。
「多い…」
改めてみると、イクサル族の多さに息をのむ。
神勇隊の人たちも沢山いるけど、すこし向こうの方が多いようにも見える…。
たぶん、あの一番大きいイクサルがリーダーかしら。
あれをなんとかすれば、総崩れに持ち込めるかもしれない。
「いくぞ!」
リュウイン隊長の号令で、それぞれ配置についていた全員が、一気になだれ込んだ。
私は、ちょっとまって、全体の状況を把握することに努めることにした。
右翼と左翼は、それぞれ神勇隊の人たちと、イクサル族の数が同じぐらいで、実力も拮抗しているみたい。
押し切れないけど、押し切られることもなさそうな感じかしら。
リーダーのイクサル族は、リュウイン隊長が相手している。
と、その時、大樹の陰から、さらにイクサル族が姿を現した。
どうやら、呪術師のようで、イクサル族のリーダーに回復魔法をかけてきている。
「させない!」
私は、それを阻止するため、呪術師に狙いを定めて、弓を射放った。
それから、どのぐらい戦っていたのだろう。
なんとか、私たちは、イクサル族のリーダーを倒し、彼らを撃退することに成功した。
ただ、決して被害も小さくはなく、何人かは力尽き、倒れてしまっていた。
私は、戦いが終わったことを確認すると、ふぅと安堵の息をついた。
「なるほど…それが力の理由か…」
その時、背後から気味の悪い声が聞こえてきた。
慌てて振り向いてみれば、石の仮面をつけた、黒いローブの不審者が立っていた。
あれ。今、あの人、知らない言葉で話していた様な…。
でも、なにを言っているのかは解る…なんだろう、これ。
「貴様は危険な存在だ。 ここで芽を摘んでおくとしよう」
石仮面の男は、そういうと何やら不穏な術を使い始めた。
そして、次の瞬間、見たこともない、如何にも凶悪な魔物が姿を現していた。
そこから、どう戦っていたのかは、よく覚えていない。
とにかく無我夢中で戦っていたら、パパリモさんと、イダさんが駆けつけてくれて、なんとか魔物を倒すことが出来たのだけは、覚えている。
魔物を倒すと同時に、石仮面の男も、力尽きたように倒れ、そこには黒いクリスタルだけが残されていた。
その黒いクリスタルも、程なくして散り散りに霧散してしまったけど、一体何だったんだろう。
とりあえずの危機は去り、森に平和が戻ってきたというのに、素直に喜ぶこともできず、警鐘の音が、ガンガンと鳴り響くなか、不安を払うように、空を見上げたのだった。